新卒の売り手市場の余波をうけ、若手の採用がどんどん難しくなってきている。第二新卒の市場はもちろん、彼らを教育する立場になる20代後半の人材採用も、採用が絞られていた時期ということもあってか経験者が極端に少ないため、さらに大きな労力が必要だ。
各社の採用担当者が「いかにして、面接に来た若手を囲い込むか」で頭を悩ませているが、そんななかで、囲い込まないことで採用に成功している人事がいる。
転職希望者:Yさん(24歳)は移り気の多さで我々を悩ませていた。
社会人経験2年弱、理系学部出身ながらベンチャーに入社、さまざまな事務系の仕事を兼務してきたYさんには、業界はもちろん、職種についてもいろいろな選択肢が広がっていた。
初回の面談にじっくり時間をかけ、一度は「メーカーなど安定した企業の経理」という方向を打ち出したYさんだったが、一週間後には「やはり金融スペシャリスト…」と言いだし、三日後には「システム系のコンサルタントに興味がある」と変わり、週末を経ると「企画力が身に付く広告業界がいい」と変遷した。
こういう場合、セミナーでも面接でも、とにかく会社に直接当たって手応えを感じてもらうのが一番の手段になる。頭のなかで、メーカー経理・金融スペシャリスト・コンサルタント・広告業界…とイメージを膨らませていても、イメージが先行して勘違いしやすいのが、若手の特徴だ。実際に働いている人に会うことが出来れば、自然に目標も絞り込むことが出来る。そして、Yさんが面接した二社目の会社が、情報システム開発A社であった。
A社の採用担当はベテランのM氏だ。今年、A社は「若手の100名採用」を掲げており、M氏は新卒・第二新卒・若手SE、毎日何人もの20代に会って話をしている。
Yさんは「ぜひ、ITコンサルの仕事がしたい」と希望を語ったが、すぐに他の仕事も気になっていることをM氏に見透かされてしまった。
「自分に本当に合っているのは何なのか、まだ気持ちの整理がついていません」
とりとめもなく、しかし正直に話したYさんの目を、M氏はじっと見据えた。
「はっきり言うが、今のYさんでは不採用です。やりたいと思うことはどれも中途半端。自分が出来ること・出来ないことの区分けも、まったく把握できていない。私が説明したA社の仕事のことも、半分も理解していないと思いますよ」
Yさんは肩を落とした。面接で、本音を話せたことは彼にとって非常に嬉しいことだった。自分の思いの丈を黙って聞いてくれていたM氏の対応に、期待を寄せていたのだ。
しかし、話はそれで終わりではなかった。
「エージェントさんの紹介だから、他の会社にも面接に行くことになっているんでしょう? まず、他の会社の面接に行ってみなさい。その後、『それでもうち(A社)でやってみたい』と思えたら、その時あらためて面接をしましょう」
こうして結論は保留された。M氏の進言通り、Yさんは各社の面接をまわった。しばらくすると大手メーカーから内定をもらうことが出来たが、その一報を聞くと、Yさんは迷わず「もう一度、A社の面接を受けたい」と我々に告げた。
二か月ぶりの面接で、Yさんはどんな会社の話を聞いて、どのように感じたかを、素直にM氏に喋った。質問らしい質問はなく、すぐに内定が出た。
「正直なところ、最初からYさんは採用したいと思っていたんだよね」
M氏はこともなげに言った。
「ただ、迷っているようだったし、足りないところもハッキリしていたから、面接をまわって貰うのもいいかと思ったんだよ」
各社の担当が採用ノルマで悲鳴をあげているなか、A社にそれなりのブランド力があるとはいえ、驚くべき余裕である。
我々がそう言うと、M氏は笑って
「バブルの時みたいに『内定者拘束』でも出来れば違うけどね、そこまでの余力はないし、変なことすればかえって逃げていくだけだよ。
エージェントさんだって、『Y君は話してもわからん、面接の場数を踏ませないとダメだ』と思ったから、いろいろな仕事を紹介したんでしょう?」
と、図星をついてきた。
M氏はその後も、似たような経過で数名の採用を決めている。明らかに格上と思われる大手企業を袖にしてA社に走ったのはYさんだけだが、他の人も決定を保留したA社に吸い込まれるように戻っていったのには感心させられた。
追えば逃げる、逃げれば追ってくる…とも限らないと思うのだが、M氏は追うべきか、逃げるべきか、その距離感を知っている人物のようだ。
インターネットコム - 2007/3/6
ラベル: 転職、転職希望者
masahiro さんの投稿 @
14:43ラベル: 転職